文  献  紹  介

「ボード設計者のための分布定数回路のすべて」

 タイトルの「ボード」とは、パーソナルコンピュータのマザーボードに代表されるプリント配線板のことを指しています。
 このボードを設計する際には、反射やクロストークに対する知識が必要で、これらはすべて分布定数回路を理解する必要があります。
 この分野の教科書は、学問的にはすでに確立しているというイメージが強いせいか、原理からやさしく解説している本はほとんどありません。
 したがって各エンジニアは仕方なく昔の難解な教科書を頼りに勉強を始めるが、電気のエンジニアにとっては高度な数学を必要とすることと、現在のCMOSを中心とした高速ボード向きの内容に乏しいこともあって、多くは実用にはならなかったようです。本書は長年、反射とクロストークの対策の研究開発業務に従事してきた著者が高度な数学的解を巧みに避けて、回路設計者に理解しやすい手法を使って、基礎から応用、トラブル対処法までを1冊にまとめたものです。

書 名 :ボード設計者のための分布定数回路のすべて
著 者 :碓井 有三
:著者による自費出版(http://home.wondernet.ne.jp/~usuiy/)
発 行 : 2000年5月
価 格 : 3,500円  送料 310円


書 評

 原理の解説は基本式からの解法、図表を用いた方法、ラプラス変換による方法と、幾通りもの方法が紹介されているので、読者の理解しやすい方法を熟読すればよいし、また、異なる手法でも同じ解にたどり着くことが分かるから、対比して読めばさらに理解が深まります。
 応用面、トラブル回避策については、著者の長年の実務経験が多く盛り込まれているので、実用にも向いた教科書といえるでしょう。
 6章の周波数特性、7章の有損失線路は多少難易度が高く、一般の読者には多少骨が折れるかもしれません。 ただ、現状以上の高速化を狙うには避けて通れない課題ですから、本のタイトルの「〜のすべて」に恥じない内容と言えるでしょう。
 本書の書評が、日経マイクロデバイス 2000年9月号 p.16にも掲載されていますので、あわせて参照ください。

目次と各章の内容

第1章 分布定数回路と集中定数回路

分布定数回路の基本
これ以降の章を読むに際しての基礎知識
1.1. 分布定数回路とは
分布定数回路とは何か、何が分布しているのか、という分布定数回路の基本。特性インピーダス、伝搬遅延について解説。
1.2. ほとんどの回路は分布定数回路
分布定数回路と集中定数回路との違い、何によってその境界が決まるのか。高速になるとなぜ分布定数回路の考えが必要か。
1.3. 駆動回路による遅延の違い
集中定数回路と分布定数回路とでは遅延の考え方、高速化のための考え方が異なる。両者の波形の違いをもとに、分布定数回路における高速化とは何か。集中定数回路の考え方を分布定数回路に持ち込むと、かえって遅くなることなど。
1.4. 線路定数
高速ボードによく用いられるボード寸法に対して、キャパシタンス、インダクタンス、特性インピーダンス、伝搬遅延等を計算してグラフ化。
第2章 波形伝搬の基本
反射の基本と簡単な解析法。なぜ反射が生じるか、どのように解析するのか。
2.1. 反射発生のしくみ
反射の原理を基本から解説。線路定数の異なる境界で、なぜ反射が起きるのか。どの程度反射してどの程度透過するか。分布定数回路には右に進む右行波と左に進む左行波との合成である。それぞれの波がどのように反射を繰り返すか。
2.2. 図表による反射の解法
机上で反射を解析するための図表による解法の解説。非線形の反射の解析も可能であるBergeron図表。1対1だけでなく、1対nまたは縦続接続の解析も可能な格子線図。いずれも例題をまじえて説明。
2.3. ラプラス変換による反射の解法
電子回路的にラプラス変換によって波動方程式をやさしく変形。
2.4. それぞれの反射の解法の特徴
上記の各解析方法の特徴と使い分けについて説明。
第3章 反射とその対策
前章で理解した反射の実務編として、その対策法について述べる。古典的手法に加えて新しい手法も交えて紹介。
3.1. ドライバの駆動能力と反射
ドライバの駆動能力によって波形がどのように変わるか。過剰な駆動能力が反射の原因。適正な駆動能力によってトラブルを回避できる。
3.2. 配線方法と反射
異なる線路の縦続接続、1対n伝送、線路の途中からの分岐、スタブ、容量反射など、反射の起きやすい配線方法を、実際の反射の例を図で示してそれぞれの特徴について述べている。
3.3. 反射による波形乱れへの対応策
反射を回避するための手法。整合終端、遠端ダイオード終端、近端ダイオード終端、能動軽終端、ダンピング抵抗など。古典的手法から新しい手法までをまじえて実際の波形の例とともに説明。それぞれの対応策を比較。
第4章 クロストーク
ボードのクロストークについて詳述。
4.1. 結合分布定数線路
複数の線路が結合したときの波形の特徴とクロストークの基礎。結合線路上を伝搬する、異なる伝搬モードの信号と、その差によってクロストークが発生する。
4.2. 結合分布定数線路の解法
単一線路のときと同様に、右行波と左行波とに分けて、伝搬する波を解析。結合線路の特性インピーダンスは隣接線路の回路条件で異なること、クロストークの意味について詳しく説明。
4.3. ラプラス変換による解
単一線路と同様にラプラス変換による解を紹介。
4.4. 能動線路へのクロストーク
クロストークは、受動線路から能動線路、または、能動線路間にも発生する。これらは、誤動作には至らないまでも、タイミングがずれたり、波形が大きく乱れる。
4.5. 平行線長と飽和クロストーク
クロストークは平行線長に比例することと、ある程度長くなると飽和すること、その境界が高速化によって短い線長の領域に移ってきたことを説明。
4.6. 多線条クロストーク
3本以上の線路で発生するクロストークについて解説。特性インピーダンスやクロストークがどのように変化するかについて説明。
第5章 クロストークの実際と対策
これまでクロストークに対してはパターン間距離を離す程度しか対策がなかったが、ドライバの駆動能力を中心に多くの対策を紹介。 Hyperbola終端は本書で初めて紹介。
5.1. ボード上で出会うクロストーク
ボード上の信号伝搬の向きによって2種類のクロストークが存在する。この2種類のクロストークの性格と回路定数による依存性を解説。
5.2. クロストーク低減方法
従来から行われていたパターン間距離を離す方法を始め、特性インピーダンス、ドライバの出力の立ち上がり時間のほかに、パターンの厚さにまで言及。
5.3. Hyperbola終端
クロストーク対策の最後に、バス伝送などの遠端クロストークを理論的にゼロにできる筆者考案のHyperbora終端について、本書で初めて詳述。
第6章 分布定数線路の周波数応答
すべて時間軸だけに着目していた5章までに対して、本章では、ラプラス変換を周波数関数に置き換えて、周波数軸から眺めた。その結果、次章の有損失線路の解析へも進めることができる。
6.1. ラプラス変換から周波数応答へ
ラプラス変換は、過渡現象の解析に有用である。 すなわち、時間に対する応答である。ラプラス変換において、s=jωとおくことによって、周波数応答を求めることができる。その結果、これまで時間応答として表されていた式が、周波数応答の式に変わる。 線路の各点の電圧、電流を、場所と周波数とで表すことができ、定在波についてもここで述べている。
6.2. 線路の周波数特性
線路自体の特性を周波数特性で表すことができる。片方から眺めたときの入力インピーダンス、線路を4端子網としてながめたときの伝達関数について述べている。
6.3. 線路の縦続接続
線路を4端子網として定義すると、複数の線路を縦続接続したときの特性が求まる。基本式と簡単な例について縦続接続を解説する。
6.4. フーリエ変換による解析
線路の特性を周波数軸で表したが、ボード上で必要なのは、ほとんど時間応答である。ここでは、時間関数をフーリエ変換によって周波数関数に変換し、線路の周波数応答により求めた出力特性をフーリエ逆変換することによって、過渡現象が求まることについて述べている。フーリエ変換を用いることによって、ラプラス変換で、クロストークを求めるには、煩雑な式の変換が必要であったが、表計算ソフトで簡単に解析できることを説明。

第7章 有損失線路

分布定数線路の古典的教科書は、まず有損失線路から説明して、例外として無損失線路の場合にはこうなる、と書いてあるため、読者にとって非常に難解な内容となっていた。本書は、6章までを無損失線路として扱い、本章で初めて有損失線路としての特徴を述べている。
7.1. 有損失線路
基本式に損失項を導入して解を求め、代表的な応答について述べている。ここでもラプラス変換を用いて、一部近似を取り入れて応答を求めている。損失項が波形にどのような影響を与えるかが分かる。
7.2. 表皮効果
周波数特性を持つ損失項の代表的なものが表皮効果である。表皮効果を分布定数回路に取り込んだ場合の応答を、6章で述べたフーリエ変換を用いて解析している。
7.3. 誘電損
同様にフーリエ変換を用いて、誘電損についても解析して波形伝送に及ぼす影響に ついて述べている。

第8章 バス接続された伝送形態

バスは、複数の信号を1本の線路上に伝送するため、1対1伝送に比べて、何らかの妥協が必要であるが、性能上の妥協を極力抑える必要があり、信号の伝送において最も難しい 形態である。
8.1. バス接続された伝送形態の特徴
バス接続した場合に、伝送の面からみてどのような特徴があるか、なぜ難しいかを解説。
8.2. 小振幅伝送
バスの性能を極限まで向上させるために、各種の小振幅伝送が提案されている。小振幅に至る経緯と特徴について述べている。
8.3. 高速インタフェースの種類
Rambus、SSTLを代表として、その特徴と解析結果について述べている。

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