5月18日(月) アイゼナハ観光とフルダ観光

フランクフルト滞在の最終日. 世界遺産のヴァルトブルク城があり, バッハ生誕の地としても知られるアイゼナハと, 伝統と歴史の町, フルダを観光. アイゼナハは旧東ドイツ, フルダは旧西ドイツである.


時刻

時刻
列車名
Frankfurt(Main)Hbf 07:52
Frankfurt(Main)Süd 08:02
S5
Frankfurt(Main)Süd
08:22
Eisenach 10:05
IC79665

中央駅(Hbf)からの便もあったが, 結果的には検索の失敗で, 南駅(Süd)から出発する列車を予約してしまった. HbfからSüdまでは10分程度なので, あまり違いはなかったが, Südに行く乗り方が分からずに, 最初はUバーン(地下鉄)と思って乗り場を探したが, 結局Sバーンで行けばよいことが分かったが, ちょっとあせった.
駅前の観光案内所でアイゼナハクラシックカードというパスを購入. そこからバスに乗ってヴァルトブルク城に向かった. 市内は石畳の上を走るため, 乗り心地はあまりよくない. 途中から山道になり, 急坂を登っていく.
城の近くのパスターミナルで下車, そこから城に向かって10分, 階段と急な坂道を歩いて登る. 駅から城までは結局, 45分ほどを要した.


ヴァルトブルク城

城の中はガイド付きツァーのみが許されており, 自由には見物できない. 英語もしくはドイツ語のツアーのみなので, 英語しか選択肢はない. 日本語の簡単なパンフレットをもらって, ツアーに参加した.
城の主要部分は12世紀に建てられたとのこと. 各部屋はアーチ型の天井で支えられている. 歌合戦の広間ではタンホイザーの大行進曲が演奏されていた.


部屋の天井


歌合戦の大広間


下りの坂道から見たヴァルトブルク城

坂道を下り, バスターミナルに戻ったが, 市内までの適当なバスがない. タクシーに乗るか下まで歩くかしかなかった. 正規のタクシーは見つからず, 怪しげなバンが客引きをしていた. 料金を聞くと足元を見て, 高い料金を吹っ掛けてきたので, 値段交渉をしたが折り合わず, 歩くことにした. しばらく歩いていると, 先ほどの怪しげなバンが, 結局客を拾えずに値下げしてきたので, 今度はこちらが足元を見る番で, €5で交渉成立, 麓のバッハの家の前まで乗った.
バッハの家では, 当時の数台のオルガンやチェンバロでバッハの作品を演奏してくれた.


バッハの家

この後, ルターの家を見学.
この街も木組みの家が沢山あった. マルクト広場には市庁舎があり, 広場の周りには多くのレストランが並んでいた.
ルターが説教をし, バッハが洗礼を受けたゲオルグ教会もこのマルクト広場にある.


マルクト広場


ゲオルグ教会

駅に向かう途中に, 城壁の一部とつながっているアーチとニコライ教会があった.


ニコライ教会

アイゼナハには東ドイツ時代には城と同じ名前のヴァルトブルクという車の工場があり, 東西ドイツ統一後には, オペルの工場が置かれている. それを讃えるためか, 駅には自動車製品(Automobilbau)という文字と自動車を支えている人たちの絵の入ったステンドグラスがあった. 70JAHRというのは, 70年の歴史があるという意味だと思う.


アイゼナハ駅のステンドグラス


時刻

時刻
列車名
Eisenach 14:55
Fulda
15:42
IC79658

アイゼナハからの帰りにバロック建築の都, 庭園都市と言われているフルダに立ち寄った. 最初に向かったのは市宮殿(レジデンツ)である. 部屋の装飾, 絵画, 展示物など素晴らしいものが沢山あったが, ほとんど観光客がいなかった.


市宮殿


市宮殿の2階からの眺め


鏡の間


陶磁器

この大きなホールは, 部屋の中央付近から撮影したもので, 後方にも椅子が並べられている.


大ホール

市宮殿からすぐ近くにバロック様式の大聖堂がそびえ立っている. 内部は白を基調としているため明るい.


大聖堂


大聖堂の内部


時刻

時刻
列車名
Fulda 17:44
Frankfurt(Main)Hbf 18:41
IC79656

ランクフルトを基点とした旅も今日で終わり, 明日はケルンに向けて出発する.
この日の歩数  19,157歩

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